読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ふくしま復興支援ブログ

コープおおいたとコープふくしま、交流の記録。

福島震災支援活動のまとめ

福島震災支援活動のまとめ  商品政策室・小野 雄三

 

3月11日に発生した「東日本大震災」で亡くなられた方々に対して心より追悼の意を表します。また、被災された多くの方々に、心よりお見舞い申し上げます。

私が、今回の支援活動に参加したいと思ったきっかけは、地震が発生してからテレビでは毎日、目を覆うような辛い画面が一日中放送され、被災者の方々のために自分にできることはないかという想いからでした。また、このような表現が適切かわかりませんが、自分自身のためにも震災支援に参加することを決意しました。
自分の心の中でこのまま傍観者でよいのかという気持ちが震災から日を重ねるごとに強くなり、行動しない自分に罪悪感のような気持ちが芽生えたためです。ここで行動しないと後悔すると強く感じたからです。 

また、50歳を目前(まだ48歳ですが)にして、あらためて自分を奮い立たせるような行動を起こしたい、わが身を被災地に投じたいという思いに駆られました。コープおおいたの第一回震災支援対策会議の際に、偶然、休憩時に隣にいた岡部さん(共済事業部)と目が合い、言葉ではなくアイコンタクトで“行きましょう!”ということになったのが印象に残っています。これも同日のことですが、津野さん(人事教育担当)が「ご家族は心配しないの?相談しないの?」と声を掛けてくださいました。何も言わずに、送り出してくれた家族にも感謝したいと思っています。(この時期は原発が水素爆発を起こし建屋が破壊した頃でした)

f:id:coop_fukushima_oita:20160817114503j:plain

東北自動車道をひたすら被災地に向って走る震災支援トラック(第一陣)!
初日は、まだ雪がチラついていました。燃料不足も発生していたので、体感温度(寒さ)が、大分とどの位違うか不安になりました。途中、サービスエリアにて「私は生協の組合員です。頼もしい!頑張って!」と声を掛けられました


さて、被災地での支援活動の内容ですが、コープおおいた第1陣として恥ずかしくない支援活動が出来たのではないかと自負しています。

主に、(27日~31日:5日間) いずみ店・やのめ店を中心とした店舗復旧支援活動(商品補充)を行ないました。また、今回は店舗支援活動だけでなく、みやぎ生協への内部便のお手伝いや避難場所への支援物資搬入など、様々な支援活動など貴重な体験をさせていただきました。そのような中、福島の組合員さんともお話しをすることができました。少しでも元気付けたいと思って震災支援に行きましたが、逆に勇気や希望を与えられ、今は、僅かな期間しか支援できなかったという申し訳ない気持ちと受け入れしてくれたコープふくしまの方々にお礼を言いたい気分です。

今後は、原発問題で生活困難が長期化する恐れがあるとのお話しもお聴きしました。福島で個人的に感じたことは、政府は一部地域に繰り返し「自主避難せよ」とのコメントを出しているが、地元の方の不安を煽るばかりでなんの対策になっていないようにも感じました。国は、もっと地元に渦巻く不信を取り除く努力をするべきです。

今回、テレビ東京系列「池上彰の緊急報告」で生協の震災活動が取り上げられました。全国の生協の力を合わせ、その被災地でのくらしを支えるために、“プロ”の仕事をしていると絶賛していました。私もその場にいて、大変な混乱状態の中、食料・燃料はじめ多くの生活物資が不足していますが、助け合いの精神を忘れない生協の支援活動はすばらしいと感じました。あらためて、生協で働く意味、組合員との絆など多くのことを学ぶことができました。

最後に、私たち第1陣が退去する際に、コープふくしまの宍戸常務が疲れた顔で目を真っ赤にして涙を堪えて、児玉常務と堅く握手している姿が忘れられません。

f:id:coop_fukushima_oita:20160817114454j:plain

コープふくしまの依頼でみやぎ生協に内部便配送の支援依頼を受けた際、立ち寄った仙台港近くの様子です。震災発生から18日経過したというのに全く手付かずの状態でした。あらためて自然の恐ろしさを感じるとともに、どこから取り掛かればよいのか暗鬱たる気分になりました。
動画や写真でなく、肉眼で観た町は想像を絶する光景で言葉も出てきませんでした。



安心して暮らせる街が戻って

くるのを祈るばかりです。

がんばれ東北!がんばれ福島!!