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ふくしま復興支援ブログ

コープおおいたとコープふくしま、交流の記録。

支援活動報告 第四陣 No.1(初日)

支援チーム 第四陣から初日のレポートが届きました。
第四陣メンバー 山村克己さん(無店舗事業本部長)・角山譲二さん・津野寛文さん(人事教育担当)・上野義正さん(経理部経理担当)
12日(火)。予定どおり、震災支援活動のため、コープふくしまさんへ向った。

4/12(火)
 午前9時5分。大分空港に到着した。羽田へ向う飛行機の時刻は午前10時45分なので、1時間半以上も早いが、何かあるといけないので早めに家をでた。空港のロビーを歩いていると、すでに角山さんと津野さとんが来ていた。「さすがだ。」と思った。
 定刻よりも5分送れて離陸。そのまま羽田へ。羽田からはモノレールと山手線で東京駅へ向った。
 福島へ行く高速バスの乗り場を探すのに少し手間取ってしまい、余裕がないわけではないが、中途半端に昼食をとる時間がなく、コンビニで食料を買い込んだ。
 バスに揺られること4時間余り。ようやく福島市へたどり着いたときには日が少し傾きかけていた。急ぎ、タクシーでコープふくしまさんの本部へ。
 本部では宍戸常務から、震災から今日までの状況や取り組みをお聴きした。身につまされるような話だった。昨日から、今日にかけて、大きな余震が繰り返されているとのこと。十分に気をつけなければ。

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宿舎に到着したのは午後7時を少し回っていた。
 明日のために休息しようと思っていたとき、われわれの陣地(?)にコープしまねの専務スタッフの今岡さんが挨拶に来られた。「はじめまして。おくつろぎのところをすみません。実は、塩道(塩道さんとはコープしまねの専務です。)と小林から「おおいたさんに会ったら、必ず挨拶をするように。」といわれておりまして・・・・・。」と話しかけられた。実直そうなお方だった。
 それから10分と経たないうちに、生協ひろしまさんの宗本常勤理事が来られた。宗本さんが青木専務に「俺も震災の支援に行くから。」という連絡があり、そのことを青木専務が当方に知らせてくれていたので、当方から宗本さんに「12日に福島へ行きます。」というメールを入れていたので、気に懸けていただき、声をかけてくださったようだ。
 いずれにしても、生協ってすばらしい!

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4/13(水)
 午前8時30分。昨日、宍戸常務から指示された方木田店へ行った。本部のいずみ店も大きいが、方木田店もデカい。ナビが店の裏に誘導したので、表の入り口まで回るのにひとしきりかかった。
 おまけに入り口は(当たり前だが、)閉ざされていたので、なんと、最初にナビが誘導したところまで歩いて引き返し、ダンボール室置き場のようなところ(実際は違っていた。)から入っていった。
     

 「おはようございま~す!」。声をかけると忙しそうにしていた定職さんがこちらにやってきた。
 「コープおおいたから来ました。」。そう言うと、「わざわざ九州から。」といいながら、2階の事務所へ案内してくれた。まだ、店長たちは来ていなかったので、定職さんは農産の担当者を連れてきた。「本当は、うちを手伝ってほしいのですが、きっと日配に行かれるとおもうので、勝手なことをすると叱られるので、すみませんが、ここでもう少し待っていてください。」と言って、売り場に戻っていった。
 しばらくすると、副店長が来られ、挨拶も早々に日配へ案内され、ヨーグルトとパンの品だしを依頼された。
 午前9時くらいに部門朝礼。9時30分に全体朝礼があった。部門の朝礼は売り場でみんなが集合し、定職さんだけで行なわれた。全体朝礼はマイク放送で全員を集め、昨日の供給や今日の予算、セール品の確認などを行なっていた。当然、わたしたちの紹介、自己紹介もあった。
 実は、昨日の午後。大きな余震があったそうだ。部門の朝礼では、その地震の状況の確認も行なわれていた。
 さあ。開店までの大戦争。日配はアイテムが多い。もちろん、全部が揃っているわけではないが、かなりのアイテムがバックヤードに入っていた。ヨーグルトが終わると、次はパン。しかし、開店までに売り場を埋めることはできなかった。

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 果たして、10時の開店と同時に、多くの組合員さんが来店。次から次へパンを買っていく。ヨーグルトコーナーでは「お一人1個限定」の張り紙も。ようやく、品物が増えてきたことから、日々の生活を取り戻していく過程なのだろう。
 そんなことを思っていたら、携帯の防災メールが!
 「揺れている。」
 たいした揺れではなかったが、おそらく知らない組合意さん同士が「もういい加減にしてほしいですよね。」などと、日常の挨拶のように交わしていたのが印象的たった。
 同時に、昨日、宍戸常務が「昨夜の余震も大きかったが、今日のもすごかった。でも、今の余震は震度6強とか、弱とか、5強だけど、時間が違う。本震のときは3分くらい揺れた。いまの地震は30秒くらいの短いものだ。」といったのを思い出した。
 あっという間に、午後12時30分になっていた。ひとりの定職さんが「もうお昼を回ってますよ。」といってお弁当とペットのお茶を用意してくれた。それをもって2階の休憩室にあがると、今度は別の定職さんが「ペットの冷たいお茶よりもあったかいのほうがいいでしょ。(標準語で書いていますが、福島弁でした。)」と言って、法事茶を持ってきてくれた。
 別の定職さんも、「味気ないなぁ。」といって、インスタントの味噌汁を渡してくれた。
 みなさんのほうがよほどたいへんなのに、本当に東北の人は温かい。と、思った。
 昼食もそこそこに、午後は雑貨の品だしが待っていた。
 かなりの商品が揃っている、ということは、雑貨の品だしでも体感した。おそらく、茶わんや湯飲みは地震でこなごなになったはず。でも、他の商品といっしょにほぼ棚を埋めることができるまでになったのだろう。
 午後もあっという間。

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夕方、午後7時くらいに宿舎へ戻ることができた。
 疲れた~。
 明日もガンバるぞ!!